ダァン、と響く一発の銃声。
 うららかな春の午後、暖かい日の当たる書斎の空気はどこまでも穏やかだ。
 それでも目の前には地に伏した人の体と、じわじわ広がる赤がある。
(俺は貴重な休憩時間を、静かに読書で過ごそうと思っていただけなのに)
 血と硝煙の臭いが鼻につく。本を片手に漂わせるべき物ではない。
 ぱたりと本を閉じて、近くの窓を開けに行った。
 窓を開けて外を見る。
 暖かい風の流れ。空は澄み渡る青で彩られていて、ゆったりと流れる雲は遠く柔らかだ。
 眠りたい。昼寝したい。部屋の中の風景を忘れて外の芝生に寝っころがりたい。
 だが、銃声を聞いてもうすぐに誰かが駆けつけるだろう。
 部屋は少しだけ騒がしくなり、すみやかに事は処理され、何事もなかったかのように綱吉の休憩時間は終わるのだ。
 背後には死の気配が漂っているのに、一枚の壁を挟んで空気は一変している。
 現実感がないのだろうか。昔であれば、今のような状況でここまで平静にいられたはずもないだろうに。
 人の死に慣れるのは絶対に嫌だった。それは今でも変わらない。誰かの命が消えれば、綱吉は泣いて怒って騒ぎ立てる。昔と変わらず。
 けれど一人のとき。
 一人だけで誰かの命を奪ったとき、以前ほど心に乱れがなくなった。平静そのものとはいわないが、感情を鈍く遠く感じてしまう。分厚いカラに覆われてしまっている。それが慣れというものだろうか。
(嫌だな)
 早く誰かが来て欲しい。そうすればきっと、カラは割れてくれる。嵐のように感情はあふれ出てくれる。一人はダメだ。一人は嫌だ。なりたくない自分がそこにいる。
 窓際に頬杖をついてただ外だけを眺めた。
 なぜか今日に限って駆けつけるのが遅い。
 早く来てくれと心底願った。
 そうしなければ寝てしまいそうな自分を、認めたくはない。

 

 

 

 

 

 

 

春に失望  (071125)

by選択式御題