注:3主双子設定









 私の兄は、影が薄い。

 どうしてそんなことになったのか、私にはわからない。
 元々兄の存在は人に気付かれにくかった。基本的に無口だから、これがまたいけない。同じ部屋にいて友人同士が輪になって話していても、兄の存在は無視されやすい。悪意あってのことではないから、仕方がないというしかない。これはある意味才能だろう。もしかしたら二人だけでいるときさえ、兄が自己を主張しなければ誰も気付かないのかもしれない。
 だけどそんな兄を、私も友人たちもありのまま受けれているようで、時折てのひらから零れ落ちる水のような兄の言葉もその存在も、さほど驚くことなく日常の流れに溶け込んでいた。兄の影は薄いが、兄の存在は当たり前のものだった。兄はそういうものだった。 
 ある日そんな兄の話をしていると、俺は座敷童みたいだなと兄自身が言った。
 座敷童?そう、一緒に遊んでいた友だちの人数を数えると、なぜか数が合わない。一人多いんだ。でもそれが誰だかわからない。みんな確かに知ってる友達の顔をしている。その増えた一人が、俺。
 確かに、似たようなものかもしれないと思った。すると私の兄は妖怪になったということだろうか。それはそれで嫌だな。兄は確かにこうしてここにいるのに。
 そういえば、以前も同じようなことを思った。まだ小さかった頃に起きた自動車事故。たくさんのものを一度になくしてしまったあのとき。背の高い大人から、君のお兄さんも亡くなったんだよと告げられた。何を言っているのかと不思議に思ったものだ。目の前で、兄は自分の死を告げる大人に向かって、それはかわいそうだと言うと、大人はかわいそうだねと答えた。それから兄は、丁寧に並べられた3つの遺体の傍に立っていた。比較的傷の少ない自分を見ながらドッペルゲンガーだと少しだけ眉をあげて言っていた。奇妙な光景だった。おかげでよく覚えている。
 
 兄は学校で勉強もすれば、寮の自分の部屋で休みもする。みんなで一緒にご飯も食べるし、あの不可解な時間の狭間で共に戦いもする。だけど寮の部屋は空き部屋で、学校の机は空席だ。そしてそれを誰も不思議には思わない。私の兄は座敷童なんだと告げたときは、さすがにかわいそうな目を向けられたが。しかたない、私の兄はそういうものだ。
 まあいいじゃないかと兄は言った。俺はきっとどこにもいるんだ。
 それはよくわからない抽象的な言葉だったが、同時にひどく納得のできる言葉でもあった。



 季節が流れて桜が咲く頃、ついに兄は消えてしまった。私にすら気付かれなくなるくらい影が薄くなってしまったにちがいない。
 けれども悲しくはない。私の兄はきっと、どこにもいるから。

 

 

 

 

 

 

 

アリスはいく   (100606)

by リラと満月