君が好きだよ。愛している、と彼は言う。その整った顔立ちに柔らかな微笑をのせて。同じく口で人を愛していると彼は言う。思い通りに動く人が、予想もつかないことをする人が、彼の駒となる人が、愚かで愛しいと。だから俺は、君のことも心の底から愛している!



「やあ帝人君」

 いつもどおりの神出鬼没。折原臨也はどこからともなく姿を現す。情報屋という仕事はそんなに暇なのだろうか。それとも彼には依頼がこないというのだろうか。なぜか仕事にあぶれる臨也の姿が想像できなくて、帝人は眉をしかめた。臨也とは昨日も会った。そんなに暇なんですか。さきほどまで正臣と一緒にいたせいか、深く考えもせずに口が動きそうになって焦る。関係性の心配もせず容赦のない言葉を吐き出せるほど、帝人と臨也は近しい者ではない、はずだ。そのはず、だよね?昨日の別れ際にした臨也との会話が、帝人の考えに疑問を投げかけてくる。ああ、会った早々に頭が痛い。

「こんばんは、折原さん」
「いやだなあ。臨也でいいよ。こんばんは、帝人君」
「どうしたんですか、こんな夜遅くに。なにかご用ですか?」

 夜の帳が下りた住宅地ほど人気のないものはない。不思議だ。道を外れた家の中には、確かに人の存在があるのに。立ち並ぶ家々からはぬるい灯りが洩れ、外灯からは冷たい光が突きささる。待ち構えたように影からにじみ出る人影。携帯に手をかけかけたことは許して欲しい。不審者かと思ったんだ。

「君に会いに来たんだよ。帝人君」
「えっと、ですから、どうして」
「君に会いたかったから」
「………。だから、どうして」

 帝人の頭の中で、思わずよく見かけるネット用語が浮ぶ。日本語でお………いやいやいや、口に出すな口に出すな耐えろ自分。衝動に耐える帝人の顔に浮んでいたものは苦悩だった。臨也はそんな帝人の表情を、それはもう嬉しそうに見ながらのたまわった。

「君を愛しているからだよ。帝人君」

 昨日も言ったじゃないか。忘れちゃった?言いながら小首を傾げる臨也。相対している相手の顔がいくら眉目秀麗だといっても、帝人よりも背の高い成人男性にしてほしい動作ではない。頭の端でひとつ帝人の夢が壊れる音を聞く。現実逃避している時点で、脳が正常な動きをしていないと気付いた。帝人は順序良く昨日の出来事を思い出す。放課後、街中で臨也に会った。偶然。コンビニ袋をぶら下げた臨也と世間話をした。きまぐれ。あいさつをして別れようとした。必然。そのあとのこと。
 去りかけて、手首をつかまれて、そして臨也からあふれる言葉、言葉、言葉!君が好きだよ。愛している、と彼は言う。その整った顔立ちに柔らかな微笑をのせて。同じく口で人を愛していると彼は言う。思い通りに動く人が、予想もつかないことをする人が、彼の駒となる人が、彼のてのひらで踊ってくれる人々が、愚かで愛しいと。だから俺は、君のことも心の底から愛している!
 愛の形なんて人それぞれ。恋愛の段階で精一杯な帝人にとって、愛とはどんなものなのか、それを難しく考えたこともなかった。それでも、価値観は人それぞれ、愛もそれぞれ。そんな風に思っていた。だけどまあ、基準はなくとも平均ぐらいはあるのかもしれないことはわかる。そしてその平均と臨也はかけ離れていることも。そしてそれが帝人とかけ離れていることも。
 少なくとも帝人なら、万人に向けられる感情を愛とは呼ばない。

「うそつき」

 人が好きな臨也。ゲームを構成する駒が好きな臨也。たった一人の例外が大嫌いな臨也。
 僕を巻き込まないで欲しいなぁ。ぼんやりと帝人はそう思った。 

 

 

 

 

 

 

 

天国で成就する恋   (100329)

by不在証明