そこに、うさんくさいほどの清々しい笑顔を貼り付けて、折原臨也は佇んでいる。いつもの笑顔だ。帝人はぐらぐらする頭でそれをぼんやりと眺めた。どうしてここにこの人がいるのだろう。いっしょに映っている景色は帝人の部屋だ。招き入れた覚えもないから、これは立派な不法侵入ではないだろうか。頭の隅の方で冷静な思考が回るが、その他の大半は気だるげにその映像を見たまま受け止めてしまう。まあいいか、と思考は停止している。ぐらぐら。なんだかみんなぼやけている。まるで夢の中だ。だとしたら臨也がでてきた時点で悪夢だろうけど。

「それで」

 何も言わない帝人に対しても臨也は変わらない。吊り上げた口の端をそのままに声を出す。

「それで、帝人君は何がしたいのかな?」

 どこか遠い空の上からの問いかけのようだった。言葉の意味を理解するまでどのくらいかかったのだろう。とにかく、時間がかかる。なんだって。なにを言っているのだろう、この人は。

「死にたいの?」

 たった五文字の言葉でも、やっぱり届くまでが大変だ。きっと臨也の表情と言葉の齟齬もある。にこやかに吐き出すセリフでは到底ないはずだ。苦労してよくよく単語を噛み締めてから、同じことを帝人は思う。なにを言っているのだろう、この人は。
全体が曖昧と化した帝人の中で、少しだけはっきりとした感情が生まれる。チリッと焦げ付くこれは、確かな苛立ちだ。

「なにを言っているんですか、あなたは」

 思っていたことをそのまま口に出した。するとますます臨也の笑みが深くなったので即後悔する。やっぱり何も言わなきゃよかった。相手の思うとおりの行動をしてしまったのだ。けれどなぜか、帝人の口はそのまま動きを続けている。まるで口だけが別のいきもの。

「僕が死にたいわけないじゃないですか。正臣が帰ってくるまで。園原さんとの約束を果たすまで。いつか昔みたいに三人で笑うまで。どうして死ねるって言うんですか。なにを言っているんですか、あなたは」

 言いながら気がついたことがある。臨也が帝人を見る角度。それもまた、小さな苛立ちの原因だ。まるで見下されているような感覚を覚える。いや、実際に見下ろされているのだ。臨也の視線は、高いところから帝人に振ってきている。この高低差はなんだろう。
 不意に臨也はしゃがみこんだ。顔が近い、と帝人は思う。近いけれど遠い。

「じゃあ、早く手当しなくちゃ」

 帝人に伸ばされた手は震えていた。赤い水溜まりに向ける顔は青ざめている。もしかしてこの人、最初からこんな泣きそうな顔していたのかな。珍しいものを見た気がして思わず小さく笑った。
 いつまでも、ゆらゆらと世界は揺れている。 

 

 

 

 

 

 

 

誠実な嘘   (100329)

by不在証明